sanaritxt’s blog

思考をぽつぽつ置いておくところです。

微熱(講座課題:氷でつくる短編)約2,000字

ゼミで知り合い友人になった向田は、風変わりで面白い奴だ。夢を語るのが上手い。
平均身長より少し小さな普通体型に黒髪黒縁眼鏡の男で、行動力も見た目の魅力もない。そしてその『語った夢』が、叶った試しもない。時に気宇壮大に、飲酒を疑うようなことを言うし、突然矮小な事柄を楽しそうに語る。向田は、なんでも先週、帰宅途中に立ち寄った公園で子供たちが遊ぶのを、目を細めて微笑ましく、ベンチに座ってみていたのだそうだ。この日は7月中旬、気温は36℃だったという。くそ暑いのに、よくそんなところに居られたものだ。
「せっかくの夏だし」と言っていた。「夏を感じたい」と。
「冬になったら南半球に行けばいいのに」と言ったら、「情緒がないねえ」と、笑う。
「お前、酒入ってるだろ」「飲んでないわ。俺飲めないんだってば。えっと、それなあ、お前がそう言いすぎるせいで、他の友達から『向田は素面(しらふ)で酔っ払ってる』って言われるようになったんだぜ。俺は社会不適合者かよ。」あながち間違っていない、むしろ的確な表現だ。
「で、どうした、公園で」と聞くと、「ああ、そうだそうだ」と話し始めた。
「子供たちが、三人でね、ガリガリ君食べてるわけ。袋はゴミ箱に捨ててさ、なんか滑り台とかベンチで、立ったり座ったり飛んだりしながら。親はほったらかしで立ち話してて、あれ、よく話尽きないよな。子供見てないし、よくないぜ。でな?子供のうち一人が、当たりが出たのよ!そりゃあ騒ぐわ。ここまではいいな。
「ああ、わかるわかる」
「で、そのなかに、体のでかいのがいてな。それを取っちゃったんだよ。人の当たりの棒。そんで、自分の食べかけををその子に押し付けて、喜んでるわけ。俺は思ったね。これはひどい。こんなことのないように!世界中のガリガリ君が!当たりになればいいのにな!」
こいつ、また滅茶苦茶なことを言っている。「力強いな、うん。まあわからんでもない。ないがな、無理や!」
こんなことばかりなので、こいつにだけは関西弁を隠さずに出せるようになった。

年末、吹雪の夜に向田と、俺の部屋で二人、鍋を食べていたときのこと。
「なあ鈴村、俺な、好きな人できたよ」
「ホンマかお前、また適当なこというてるんちゃうやろな」
「いや、マジだ。映研の笠間さん」
「へー。誰だか全然わかららん。でも、まあめでたいな。うん、そうだ。俺も彼女にこのこと、lineで伝えていいか?」
「なー、ダブルデートとかいいよなー」
「めんどくさいだけやろ…、お、ユキ、通話出られるって!スピーカーにするぞ」
『え、あ、うわ、急にスピーカーかよー、え、もう聞こえる?えっと、向田くん彼女できたんだってー?!』
「いや好きな人ね。映研の笠間さん」
『えーーー!ちょ、ちょ!』
「ユキ慌てすぎだろー。どしたん?」『いや、えー、ハードル高すぎかな?ちょっと待ってて、通話切るね』
-メッセージ-
(笠間さんは、やめといた方がいいって)既読
既読(なんで)
(綺麗だけど、不安定でなんていうか、何股もしてる、らしい)既読
既読(らしいじゃ弱いし、承知済みかもな)
メッセージを終えた。向田の話をちゃんと聞こう。
「ええと、向田。ええとね、笠間さんのどこが好きなん?」
「ああ。AIって映画を観たらしいのね、彼女。スピルバーグだっけ。の、古いやつ。そしたら、」
「うん。おい、野菜煮えてるぞ」「お、白菜いいな。おう。でな、まあ聞け。人間の子供の役割をするアンドロイドがいてな。人類が滅びて、地球が雪に包まれるなかで、宇宙人に発見されるんだ。雪の惑星の地下の、圧雪氷の中で。その子供アンドロイドだけがな、人類の遺産として。文明の証として。人類は滅びたんだ。」
「うん」窓の外を見た。「こんなもんじゃなさそうやな」
「彼女は小さいころをそれを見て、怖くなったらしい。そんな悲しい話あるか、って、彼女は言うんだよ、俺に。そして孤独が辛くなったんだ。彼女も、色々あったんだろうな。」
「なんだ、お前知っとったんかい。彼女がその、なんや、ええと、色々な男と・・・」
「いいよ、わかってる。でな。俺は彼女のその話を、彼女の境遇に重ねたわけだ」
「境遇聞いたのか?」「ああ、小さいころからのな」「そか。」
「詳しくは話せないが、色んなことがあったらしい。彼女ああ見えて、実は誰にも心開いてないんだろう。そうだから、俺がなんとかできないかなって。彼女の心が氷解して、中から…な。誰もが当たりであるはずだから…」
「彼女から、ガリガリ君の当たりみたいな良心が出てくるのに掛けるのか?」「いや、良心は既に見出してるよ。きっとある。」
「今の男関係の乱れは?良心とか難しいで」「だからって、彼女が外れとはならないんだ。人ってな、一緒に居る人次第なんだよ。たまたま今まで、希薄な関係を送ってきたのかも知れないよな。だから、俺がまず、彼女にとって当たりであればいいんじゃないかと思ってる。人と人は、みんな当たりならいいのにって思う。誰しも、大事な人とは、お互いにな。それが大なり小なり、みんなに広がればいい。この話、いつか話しただろ?」
「ああ、世界中のガリガリ君全てがってやつだろ」
「そう。当たりが見えたときに、嬉しくなるじゃんか。俺がそういう存在であれば、笠間さんも嬉しいだろうし、そうなれば俺も嬉しい。お互いに、そういう存在になる。そういう生き方もいいじゃん」「ん…鮭、もう食えるぞ」
部屋で酒を飲んでいるのは俺だけだ。こいつは相変わらず、素面で酔っていて、俺が素面なら恥ずかしくて言えないようなことを平然と言う。「お前やっぱり、素面で酔っとるわ。」
「ああ、そうかもな」「もしな、上手く行かんかったら、俺には言いや」じっと向田を見る。だいぶ酔いが回ってきた。「ああ」向田は笑って答える。
俺は続ける。「お前の考え方からすると、俺にとって、お前は当たりや。だめだったら、また飯を食おう、こういう、身も心も凍る、冬の夜には特にな」「夏場は?」「冷麺やな」
「ふ…」向田は楽しそうに笑ってこちらを向いた、目元に涙が溜まっている。「お前も変わった奴だ。面白いわ」「なんでや」
「俺は色んな奴に、変な奴って言われてきたんだ。それと真面目に付き合うなんて、お前も変な奴だよ。酔っ払い。」