sanaritxt’s blog

思考をぽつぽつ置いておくところです。

掌編 ふたたび生命となるために (題テーマ 咲く より)

ふたたび生命となるために

 

 お婆ちゃんは、井戸と東屋のある木造の平屋に住んでいる。一見雑草だらけの庭。毎日手入れに熱心だ。花の苗が植えられていて、季節ごと庭のあちこちで、色とりどりの蕾が膨らむ。生命に満ち、美しい。

 

 この庭で、花が咲くことは決してない。

 

 お婆ちゃんは蕾のうちに鋭利な鋏で茎を切る。郵便配達夫、蕾をもらいにくるパン屋の女将、街の人々に分け隔てなく配る。

 やがてそれは、美しく花開き、街を彩る。

 「なぜ庭で咲かせないのです?」取材の際にそう聞くと、お婆ちゃんは言った。

 「咲かせれば、この狭い庭で必ず散る。その名残をね。あちこちに残してあげたいの」

 今日も、この歴史ある街のどこかで咲く花のひとひらが、見知らぬ街角の土へと還る。

 

本文300文字